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技術発信の価値

はじめに

ある朝、いつものように Medium のレコメンドメールを開く。並んでいるタイトルから気になったものをタップし、読み始めて数十秒で既視感が押し寄せる。先週も似たような記事を読んだ気がする。何なら先月も読んだ気がする。中身は、公式ドキュメントを薄く要約しただけの、無難で生気のない文章だ。

技術記事を日常的に読み漁っている人なら、こうした感覚に身に覚えがあるのではないだろうか。dbt にせよ、Next.js にせよ、AWS の新サービスにせよ、レコメンドの上位に出てくる記事はどれも代わり映えしない。

LLM が当たり前のツールになった今、この「似たような技術記事問題」は、かつてないほど深刻になっている。なぜそうなっているのか、そして LLM 時代に技術発信が持つべき価値とは何か。今日はそのあたりを自分の言葉で整理してみたい。

エンジニアにとっての「発信」

そもそもなぜ、エンジニアはここまで発信するのだろうか。

一つの答えは、発信そのものがステータスになるからだろう。書いた記事は採用時のアピール材料になり、職務経歴書や名刺代わりとして自分を認知してもらうきっかけにもなる。「何を学んできた人なのか」「自分の言葉で体系的に語れる人なのか」——発信はそうした問いへの回答でもある。

積極的に発信するエンジニアが業界でプロップスを得てきたのは、偶然ではない。情報を整理し、世の中に届けること自体に、確かな価値があったからだ。

LLM台頭による変化

ところが、前提が変わった。 LLM の台頭によって、この前提は急速に揺らいでいる。

技術やフレームワークをわかりやすくまとめただけの記事は、もはや LLM が一瞬で生成してくれる。しかも対話的に深掘りまでできる。読者からすれば、誰かが書いた要約記事を探すより、自分の手元で LLM に直接聞いたほうが早く、しかも自分の文脈に合わせて答えてくれる分、得られる情報も的確だ。

そう考えたとき、今フィードに流れてくる「公式ドキュメントを薄くまとめた記事」が、いったい誰のために存在するのかがよくわからなくなってくる。書き手の発信ステータス確保のため、と言ってしまえばそれまでだが、それを読まされる読者の時間は誰が払っているのだろうか。

これからの発信の価値

では、何に価値があるのか

LLM 時代に技術発信が価値を持つとすれば、それは 原体験 にほかならないと思う。

現場でどのような課題に直面し、何を選択肢として検討し、なぜその手段を選んだのか。実装の過程でどこに躓き、どう乗り越えたのか。結果として何が解決し、何が次の課題として残ったのか。こうした、その人がその現場にいたからこそ語れる物語は、LLM には決して生み出せない。

逆に言えば、原体験から切り離された「整然としたまとめ」は、もはや書き手の独自性をほとんど含んでいない。LLM が秒で出せるアウトプットに自分の名前を載せて発信することの意味は、想像以上に薄い。

これからの技術発信に求められるのは、自分にしか書けない部分の比率をどれだけ高められるか、ということなのだと思う。

LLM との向き合い方

ここまで書くと「では LLM を執筆に使うこと自体が悪なのか」と思われるかもしれないが、そうは思わない。

LLM はむしろ、言語化が苦手なエンジニアにとって心強いライティングサポーターだ。自分の頭の中にある経験や考えをアジェンダとして書き出す。構成の流れに違和感がないか壁打ちしてもらう。説明が薄い箇所を膨らませる。全体を校閲して読みやすさを上げる——こうした使い方であれば、書き手の独自性をむしろ際立たせる方向に働く。

逆に避けたいのは、0 から 10 までを LLM に丸投げすることだ。LLM がゼロから生成した記事は、ほとんどの場合、読者が本当に知りたかった情報ではない。それならば、その記事を読むより、読者自身が LLM に質問したほうがはるかに有意義な時間になる。

LLM は「自分の声を増幅させる装置」として使い、「自分の代わりに語ってもらう装置」としては使わない。この使い分けを意識するだけでも、書ける記事の質は変わってくるはずだ。

おわりに

正直に書くと、この記事自体、有料フィードに流れてくる似通った技術記事への苛立ちから、勢いで書き始めたものだ。

書き終えてみると、自分でも至極当然のことを述べているなという気がしている。「言われなくてもわかっとるわ」と反感を買うかもしれないし、ネット上に溢れる説教記事の仲間入りをしているという自覚もある。

それでも書き残しておきたかったのは、技術記事を日々読み漁る一人として、この量産環境がいつかどこかで是正されてほしいという願いがあるからだ。読み手の時間を奪うだけのコンテンツが減り、書き手の原体験がもっと前景化する場所が、どこかで育っていくことを願ってやまない。

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miyakoh

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地方でデータ活用を推進する人。キャンプと筋トレが好き。

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